過去の経験~スケートボードをやりにアメリカへ(最終話)

過去の経験

楽しい時間は直ぐに過ぎ去ります。

ニューヨークでの生活も終わりを迎える事に。

 



手帳に日記

ニューヨークでの生活を毎日書き残していたマメな僕。

その内容を抜粋して書いていたので、結構正確な記事が書けていたのだと思います。

細かいことまで書けばキリが無いので印象に残ったモノをまとめて書いた次第です。

他にも自然史博物館に行ったり、

自然史博物館

海で泳いだり、

日本のようにカラオケやゲームセンターに行ったり。

他にも色々な所へ行きました。

スケートボード以外にもしっかりと楽しんできました。

最終日と帰国

最終日は現地の友達と朝まで遊び、JFKまで送ってくれました。

帰りの便、その機内で手帳にはこう書いてました「絶対にまた行くぞ」。

有言実行。

翌年もニューヨークへ行くことが出来ましたが、その話はまた別の機会に。

翌年のニューヨークはハリウッド女優や、現在では有名な日本人の歌手に出会ったり。

そんな人たちとの出会いがあり、初回とは違う経験も。

シーズン2をお楽しみに(笑)

そして飛行機は日本に到着です。

成田空港降り立った僕を、東京の友人が迎えに来てくれました。

その日は朝まで飲んでニューヨークでの出来事を語り明かしました。

そこから約2週間程友人宅に滞在して自宅へ戻ることに。

東京での生活もとても楽しかったです。

糧(かて)

日本に居るだけなら出来なかった数々の経験。

旅は借金してでも行った方が良いとはよく言ったものです。

形ある物はいつか壊れて無くなるが、経験はその人の糧となり成長させてくれます。

心の中で育ち、その人の人格を形成して行く。

僕のニューヨークでの経験はその後の僕に大きな影響を与えています。

あの時出会った人達とはあれからずっと会っていない人もいます。

でも心の中にはいつもいてくれて、僕の支えになっていることは確かです。

会えなくても心は繋がっている。

そう感じています。

もう一度ニューヨークへ行きたい。

そう思う今日この頃です。

コロナが早く収束することを切に願います。

その為にも身勝手な行動を控えていきましょう。

本日はこの辺で。

イッサン

「イッサン」は保育園の時に友達から付けられたニックネーム。

アイコンは自作の煉獄さん。

可愛い三姉妹と奥様の5人家族。

長女ちゃん→中学2年生。難病の神経線維腫症1型(レックリングハウゼン病)

次女ちゃん→小学6年生。HSC,場面緘黙,母子分離不安症(小2で不登校気味→保健室登校→別室登校→現在は毎日登校して殆どの授業に参加中!)

三女ちゃん→いつもニコニコ元気な小学2年生!

趣味は読書と車とスケートボード。

人生を上手く渡ってきたつもりな1979年式の44歳。

経歴→元携帯電話ショップ店長、元スノーボード&スケートボードショップ店員、元中学校生徒指導員、元美容師etc... そして今は会社員。

21歳の夏、愛車エルカミーノを売り払い、単身ニューヨークへ。三か月間ステイして毎日スケートボード三昧の生活。そして翌年も渡米。そのまま突っ走るつもりが、今の奥様と出会い、暖かい家庭を築くことに。

そんな自分が会社員である違和感を抱えつつ、家族との愛を育みながらながら、育児に奮闘する毎日や趣味の事などを綴っています。

色々な経験を活かして、少しでも皆様のお役に立てる情報を発信できればと思います。

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