母に面会~病院から呼ばれ

家族

7月9日土曜のこと。

病院から、母の姉であるタママに連絡があり、母に面会に来てくださいとのことで行ってきました。

時間は15時過ぎ。

面会

本当は出来ません。

面会が出来ると言うことは、その時が近づいていると言うこと。

母の状況ですが、肺に水が溜まり、息をするのがしんどくて、眠る注射を打ってもらう様に自らお願いしたそうです。

うとうとはしている状態ではあるけど、今ならまだ話をすることができると言うことで、病院から面会に来てくださいとの連絡を頂きました。

面会の人数は2名まで。

丁度タママの家に三女ちゃんが遊びに行ってたので、お迎えのついでがあったので、タママとイッサンが面会に行ってきました。

ベッドに横になっている母は、酸素吸入器と肺の水を抜くためのチューブが繋がれている状態。

話しかけると返事をしてくれたり、会話は出来るのですが、息を吸って吐くたびに声が出ていました。

母の左手を握り「しんどいなぁ」と声を掛けると、「さっきまでと比べたらだいぶらくになったよ」と言っていましたが、それでも苦しそうでした。

もしかしたら、もう母と会話できないかもしれないと思い、スマホで兄、妹、イッサンの奥様の順に電話を繋ぎ、少しですが、みんな母と話すことができました。

1時間くらい母の病室で母の手を握り話ができました。

母のしんどさが少しでも和らぐようにと、南無石鎚大権現と南無大師遍照金剛を何度も唱えました。

母に、「帰ったら仏壇に向かって、カーカ(2年前に亡くなったイッサンの祖母)とじーちゃんに、まだ母さんを連れて行かんように言っておくから」と伝えると、少し笑顔を見せてくれました。

話しかけていては母も眠れないので、タママとイッサンは病室を後にしました。

病室を出る前、最後、母に何て話しかけたのか忘れたなぁ。

看護師さんにお礼を言い、病院を後にしました。

病院側の、「話しができるうちに」と言う面会の機会を与えて下さり感謝しています。

コロナが無ければ毎日母に会いに行けたのだと思うと、悔しさが増しますね。

三女ちゃんがしきりに「私もバーバに会いたい」と言ってます。

合わせてあげたかったな。

本日はこの辺で。

イッサン

「イッサン」は保育園の時に付けられたニックネーム。

アイコンは自作の煉獄さん。

可愛い三姉妹と奥様の5人家族。

長女ちゃん→難病の神経線維腫症1型

次女ちゃん→保健室登校中でHSC,場面緘黙,母子分離不安症

三女ちゃん→いつもニコニコ元気な園児

趣味は読書と車とスケートボード。

人生を上手く渡ってきたつもりな1979年式の42歳。

経歴→元携帯電話ショップ店長、元スノーボード&スケートボードショップ店員、元中学校生徒指導員、元美容師etc... そして今は会社員。

21歳の夏、愛車エルカミーノを売り払い、単身ニューヨークへ。三か月間ステイして毎日スケートボード三昧の生活。そして翌年も渡米。そのまま突っ走るつもりが、今の奥様と出会い、暖かい家庭を築くことに。

そんな自分が会社員である違和感を抱えつつ、家族との愛を育みながらながら、育児に奮闘する毎日や趣味の事などを綴っています。

多彩な経験と知識を活かして、少しでも皆様のお役に立てる情報を発信できればと思います。

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